動物実験施設の管理者、または動物実験責任者および実施担当者は、実験動物の病原体汚染事故の重大さを常に認識するとともに、動物間の感染はもちろん、ヒトへの感染リスクが通常の実験室に比較して高いことを決して忘れてはならない。使用する実験動物が病原体に感染する可能性を認識し、必要に応じて検査を行うとともに、研究者や実施担当者に対し情報提供や安全教育を実施すべきである。
また、病原微生物を用いる動物実験や遺伝子組み換え動物を扱う場合は拡散防止に努め、それぞれの法律や指針にのっとり実施されなければならない。
感染動物実験
病原体を使用する動物施設では、動物から人への感染防止と動物室から周辺への微生物の漏洩防止が必要となる。飼育管理作業に当たっては施設のバイオセーフティレベルに応じた着衣と保護用具着用を厳守し、動物室への出入りは人数、回数ともに極力制限する。
動物飼育は印圧アイソレータや動物飼育用安全キャビネットで行われるので、飼育装置内部が陰圧となっている事、排気用HEPAフィルターの差圧チェックを忘れてはならない。ケージ交換を行う采には、作業時の粉塵発生を抑えるように静かに行い、汚染ケージはそのまま高圧蒸気滅菌後に汚物処理や洗浄を行う。動物の死体の深部まで加熱されないこともあるので、滅菌時間を延ばすか、充分に注意して解剖した後に滅菌する。
退出時には手順に沿って脱衣と手指の消毒、洗浄を行い、飼育技術者を介して病原体が漏出しないよう注意する。
遺伝子組換え動物実験
トランスジェニックやノックアウトといった遺伝子改変動物は、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による多様性の確保に関する法律」および「研究等に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令」にのっとって飼育管理しなければならない。取り扱いの基本は飼育室から動物を逃亡させないことである。そのため、個体識別を明瞭にし、個体管理を徹底するとともに、ケージ本体とフタが容易に外れないように注意する。室内には逃亡防止対策として排気口にすのこが取り付けられたり、ドアにネズミ返しや組換え動物飼育中を示す標識が設置されていたりするので、清掃、消毒作業等でそれらを取り外した時には、忘れずに取り付けなければならない。また、ネズミ返しの設置方法によっては転倒などの事故も起こりえるので、入退室には充分に注意する。
バイオセーフティレベル
レベル1 |
ヒトあるいは動物に重要な疾患を起こす可能性のないもの |
レベル2 |
ヒトあるいは動物に病原性を有するが、実験室職員、そのほかの職員、家畜等に対し、重大な災害となる可能性が低いもの |
レベル3 |
ヒトに感染すると通常重篤な疾病を起こすが、1つの個体から他の個体の伝播の可能性は低いもの |
レベル4 |
ヒトまたは動物に重篤な疾病を起こしかつ羅患者より他の個体への伝播が直接または間接に容易に起こりうるもの。有効な治療および予防法が通常得られないもの |
動物実験に関したバイオハザードが多い理由
動物実験に関連したバイオハザードが多い理由として次の3点があげられる。
① 自然感染からの感染が多い
② 動物の体液や排泄物など病原体を含むエアゾルが発生しやすい
③ 動物の予期せぬ行動によりヒトが傷つきやすい(針刺し事故など)
今後の課題
生理学や細菌学の領域で始まった動物実験は、医学、生命科学を初めとする広範な領域に拡大してきた。一方、医学、生命科学自体が、近年分子生物学や遺伝子工学の発展により生命現象を細胞レベル、分子レベル、さらに遺伝子レベルで解析する研究手法が飛躍的に進展しつつある。実験動物においてもマウスの全ゲノム情報が公表され、その他の実験動物のゲノム情報も着々と蓄積されつつある。生命現象の解明や疾患モデル教育研究センター研究に有用なこれらの情報は、実験動物の価値をさらに高めることは間違いない。ゲノム情報やクローン技術などの新技術は新たな先端医療や新薬開発につながり、その評価として個体レベルでの動物実験が不可欠である。
個体から細胞、分子、遺伝子へと進んできた生命科学的研究手法は、その成果を人や社会に応用するうえで、再び遺伝子から分子、細胞、個体へと回帰することにより、真に社会に役立つ研究成果をもたらすであろう。そのためには、バイオリソースとしての実験動物の付加価値を高めるような*性情報の蓄積や品質管理の向上、系統維持や流通の効率化など課題は多い。経験的に行われてきた飼育管理、観察、動物の福祉の手法に科学的根拠を付加することも重要である。