堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.
1. マーカ−の選び方と染色結果の判定
適切な免疫染色がなされ、厳密な特異性の検定が行われた場合でも、得られた染色結果をいかに読みとり、いかに解釈するかという点を決しておろそかにしてはならない。1,2)
たとえ抗原性の保持や抗体の特異性が理想的であったとしても、マーカーの特異性は絶対的なものではない。癌細胞に特異的なマーカーは存在しないと考えたほうがよい。逆に、マーカーの特異性を信じすぎると、思わぬ誤りに陥ることも経験される。"nonspecific
intermediate filament"としてのvimentin、"nonspecific enolase"としてのNSEなど、得られた染色結果を正確に判断するために必要な『例外的知識』が要求される。
一方、適切な利用の仕方さえ守れば、とくに化粧をしないルーチンの病理組織材料(「素顔」のパラフィン切片)からも予想以上に大きな情報が得られることはたしかである。凍結切片を用いた免疫染色なら万能というわけではない。パラフィン切片と凍結切片それぞれの利点・欠点やその限界をよく理解した上で、的確な標本作製法の選択と染色結果の正しい判定を下したい。
1) 陰性結果の判定
適切な免疫染色がなされた場合でも、得られた結果をいかに判定し解釈するかという点をあいまいにしてはならない。『陰性』の結果は必ずしも『抗原が存在しない』という結論に直結できない。免疫染色では、たとえどんなに感度のよい方法を用いた場合でも、『陽性』という事実のみに積極的な意義づけができるのが原則である。
技術的なエラー、抗体の失活、抗原性の失活、抗原の多様性(例:cytokeratin、actin、CEA)、抗体の特異性、マーカーの特異性など、種々の要因を考慮すべき点はいうまでもないが、どの切片を染色対象に選ぶかという点も重要である。病理診断に際しては、初期から固定液に十分接していた固定良好な切片を選ぶべきである。いいかえれば、良好なHE染色像が得られるパラフィンブロックを選ぶとよい。できる限り、sampling
errorによる偽陰性を避けたい。正しいマーカーの選択は、HE染色で考えられる鑑別診断名ないしその正確さにまさに依存している。初めから免疫染色に選ばれなかったマーカーは、決して陽性たりえない。
病理診断の現場では、一般に、免疫組織化学的鑑別診断を必要とする低分化な腫瘍であればあるほど、特異的とされるマーカーが欠落する傾向のあることは皮肉な現実である。3) 未分化癌はvimentin陽性・cytokeratin陰性となることが少なくないし、悪性リンパ腫はしばしばvimentin陰性である。悪性神経鞘腫がS-100蛋白陰性を呈したり、肺小細胞癌がNSE陰性を示したりすることもまれでない。CD34あるいはCD31陰性の血管肉腫、LCA
(CD45)陰性のT細胞性リンパ腫、Leu M1 (CD15)ないしKi-1 (CD30)陰性のHodgkin病、PSA陰性の低分化前立腺癌の存在にも注意する。血中AFP値が高値の肝細胞癌や異所性ACTH症候群を呈した肺小細胞癌では、AFPやACTHが陰性であるほうがむしろふつうである。ホルマリン固定パラフィン切片では、B細胞性リンパ腫の細胞膜上に発現する表面免疫グロブリンの証明はむずかしい。
2) 免疫染色の特異性の判定
適切な陰性・陽性対照をとることは免疫染色にあたっての必須事項である。正常家兎(動物)血清を一次抗体の代わりとする陰性対照は、数種の抗原物質を同一材料内に同定しようとするときは、不要の場合がある(このindifferent
antibodyが相互の対照となる)。内因性ペルオキシダーゼ活性の存在や組織内の既存の色素(メラニン、ホルマリン色素やリポフスチン)が判定の邪魔になるときには、正常動物血清を用いる陰性対照切片が有用となる。
一方、確実な陽性対照をとることもまた重要である。神経、血管や血漿成分など、同一切片内に対象物質がほぼ確実に存在する場合は省略してよいが、腫瘍やアミロイド沈着などの病理診断において結果の予測がつかないときは、確実に陽性を呈す切片を同時に染色することは必須である。染色陰性の場合には、抗体の失活などによる技術的な偽陰性を否定しなければならない。蛋白質分解酵素処理や加熱処理による抗原性賦活化処理の適切な応用も重要なポイントとなる。4)
判定の際、パラフィン切片であるがゆえの人工産物がときに問題となる。アルブミンやIgGなど血漿中に高濃度に存在する血漿蛋白質が、組織内の特定の細胞にのみ特異的に染色されることがある。固定不良による人工産物diffusion
artifactが原因である。ホルマリン固定パラフィン切片内で血漿蛋白質を同定しようとする際には、アルブミンとIgGを同時に対照として染色すべきである。血漿蛋白質は組織間液中にも広く分布しているため、
"特異的な" background staining が得られ、判定を迷わせることも少なくない。1)
ホジキン細胞の細胞質におけるポリクローナルな免疫グロブリン染色像は有名である。肝細胞癌の大型細胞には、しばしば、アルブミンとともに、IgGやκ鎖、λ鎖の陽性像が観察できる。B細胞リンパ腫に対するκ鎖、λ鎖染色がもっとも問題となるが、このような場合、判定に無理をしないことのほうが肝要といえる。α1アンチトリプシンやα1アンチキモトリプシンも、組織球ないし膵腺房細胞に限って特異的に染色されるとは限らない。5)
特定の細胞による抗体分子の非特異的吸着にも注意したい。HBs陽性肝細胞(ground-glass hepatocyte)、胃腸管内分泌細胞、胃粘膜壁細胞、肥胖細胞、小脳プルキニエ細胞などが、非特異反応をきたしやすい細胞の代表である。
家兎抗血清には、しばしば中間径フィラメントに対する自然抗体(抗pan-filament抗体)が存在し、多くの細胞が陽性に(ただし、しばしばうっすらと)染色されることがある。6) たとえば、抗ミオグロビン抗体で表皮細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞や膵ラ氏島細胞が染色される。複数の抗血清を用いるか、モノクローナル抗体を用いた染色との比較を行いたい。
得られた陽性所見を染色したマーカー物質の正しい局在か否かを判断する目安は、その細胞内局在様式にあり、多くの場合、光学顕微鏡的に判断可能である。7) CEA、EMAやLCAは、原則として細胞膜が陽性部位であるのに対し、AFP、HCGや形質細胞における免疫グロブリンは、細胞質内に粗大顆粒状ないし小胞状に陽性となる。ペプチドホルモンやchromogranin
Aは細顆粒状陽性、NSEやS-100蛋白は細胞質にびまん性に陽性を示す(S-100蛋白は核にも陽性)。たとえば、ACTHの陽性像は本来細顆粒状となるはずだが、細胞質のびまん性陽性所見や小胞状陽性像が得られた場合は、染色の特異性にまず疑問をもつべきである。分泌性蛋白の局在は、場合によっては、Golgi野に限局しうる(AFPやsecretory
component)。一部の腫瘍で、CEA、EMAやPALPが細胞膜に加えてGolgi野にも陽性となるのは、当該腫瘍による特殊な細胞内代謝の反映である。Cytokeratinなどの中間径フィラメントの細胞質内局在も、組織型や分化度により明瞭な変化を示す。3)
3) 陽性細胞が問題とする細胞か否かの判定
判定の際、陽性細胞が問題としている腫瘍細胞か否かに迷うことがある。たとえば、一部の細胞のみがcytokeratin陽性のとき、非腫瘍性上皮細胞の陽性像を否定しなければならない。腫瘍に浸潤するdendritic
cellに反応するS-100蛋白陽性像を、腫瘍細胞のものと識別したい。
正常のリンパ節や脾臓には、cytokeratin陽性のreticulum cellが分布している。8) 骨髄に少数分布する形質細胞はEMA陽性となる。これら上皮マーカーを用いた免疫染色を癌細胞の微小転移検出に利用するときには注意したい。B細胞性リンパ腫の腫瘍細胞間に多数の反応性T細胞が分布していることはまれでない。9)
腫瘍の一部の細胞群のみが陽性を示す場合、最終的な結果の判断がむずかしいことも経験される。非特異反応か、固定むらに基づく抗原性の部分的な変質か、染色むらか、腫瘍の示す多分化能の反映か、適切な判定が待たれる。
一般に、HE染色から予想される結果とあまりにもかけ離れた成績が得られた際の結果判定には、とくに慎重を要する。たしかに、この意外性が病理診断への免疫染色応用の真の醍醐味ではあるのだが―。
4) 染色性が淡い場合の判定
つねに期待通りのくっきりとした陽性所見が得られるとは限らない。とくに、ホルマリン固定パラフィン切片を染色対象とする病理診断の場合は、抗原性の保持が悪く、淡いか、ないしぼんやりした陽性像のみが得られることが経験される。一般に、腫瘍細胞における陽性所見は、正常細胞のそれに比して弱いことが多い。代表例として、リンパ腫におけるLCA、神経鞘腫のS-100蛋白、インスリノーマにおけるインスリンなどがあげられよう。これらの場合、陽性と判断するか否かの基準は、background
stainingとの対比に加え、上述のごとく、正しい細胞内局在性を示しているか否かが重要である。
5) 陽性所見に対する正しい判断:マーカーの特異性に関する正確な知識
(1)「特異的マーカー」の特異性
特異的マーカーとされている物質の"特異性"は、意外なほど高くない場合がある。マーカーはあくまでマーカーにすぎない。Tumor-specific
antigenとよばれる物質は、すべからく、一部の正常細胞にも反応するといって過言ではない。これら腫瘍マーカーの臓器特異性も、予想以上に低い。
CEAは癌細胞のみならず、正常の大腸や胃の上皮細胞に発現する。過剰発現が乳癌の悪性度に関係するc-erb B2蛋白も、凍結切片ではすべての乳腺導管上皮細胞や乳癌細胞に発現している(パラフィン切片では偽陰性化する)。10) 腫瘍特異性をあげようとすればするほど、実際の腫瘍における陽性頻度は下がり、診断における有用性はむしろ減少する結果となることが多い。
(2)腫瘍特異性を示す条件
CEA抗体のうち、上皮性マーカーとしてもっとも広い特異性を示すのは、NCA (nonspecific cross-reacting
antigen)との反応性を残す未吸収抗CEA抗血清である。検体によっては、NCAに対する反応性を脾臓抽出物により吸収した抗血清よりも有用なこともある。一方、抗CEAモノクローナル抗体は、その特異性が厳密でありすぎるため、大腸癌を除いて組織切片内の陽性細胞が少なすぎる傾向がみられ、CEAを上皮性マーカーとして用いることの多い病理診断の現場では、かえって使いにくい。
あるマーカーが陽性だから、すなわち腫瘍であるといった使い方は、通常は不可能である。このことが可能になる、つまり、あるマーカーが腫瘍特異的に働くには、一定の状況が必要となる。CEAに関していえば、胸腹水中、潰瘍底の肉芽組織や胆管・食道の外科的切除断端にNCAに対する反応性をとり除いたCEA抗血清ないし抗CEAモノクローナル抗体によってCEA陽性細胞が発見されれば、ほぼ癌細胞と考えてよい。なぜなら、中皮細胞、肉芽組織や正常胆管・食道(表層扁平上皮を除く)はCEA陰性だからである。このことを利用して、術中迅速診断に酵素抗体法を応用する試みもなされてきている。11)
こうした免疫組織化学的な腫瘍の鑑別診断には、"HE染色では診断がむずかしいないし不可能である"ことが前提である。しかし、微小転移巣の免疫組織化学的証明の意義に関しては、『免疫染色はHE染色以上の感度をもちえない』し、免疫染色で初めて微小転移が証明された症例は、HE染色における見落としに過ぎないとする立場もよく理解できる。12) 一方、非腫瘍性間質細胞における上皮マーカーの発現に紛らわされない「冷静な目」も重要である。
癌抑制遺伝子の核内産物であるp53蛋白は、変異のため細胞内代謝の遅延した癌細胞の核に特異的に証明される(正常p53蛋白は分解が早く、免疫染色で証明されない)。13) 癌におけるp53遺伝子の変異(点変異や欠失)はその頻度が高く、しかも普遍的であるため、p53蛋白をマーカーとした悪性腫瘍の免疫組織化学的診断への期待度は高い。14) たしかに、大腸腺癌、扁平上皮癌、肺小細胞癌、ホジキン病などでは、しばしばすべての腫瘍細胞がp53蛋白陽性を呈し、しかもその発現頻度も高い(ただし、再現性の高い免疫染色には加熱による前処理が必要である)。乳癌や肉腫など、p53蛋白の発現が悪性度の指標となる悪性腫瘍もある。しかし、異型の強い大腸腺腫では一部の細胞核がモザイク状に陽性を呈すし、15) 胃粘膜の腸上皮化生細胞の一部はp53蛋白陽性を示す。16) 膀胱のinverted
papillomaでは基底細胞に一致したp53蛋白陽性所見がみられる。17)
(3)例外的なマーカー発現
Vimentin陽性の腺癌、18) cytokeratin陽性の黒色腫、悪性リンパ腫や骨肉腫、19-21) GFAP陰性・cytokeratin陽性のグリオーマ、22) LCA陽性の未分化癌、23) cytokeratin・neurofilament陽性の横紋筋肉腫
24) など、例外的マーカー発現の例はことかかない。こうした『例外的な』マーカー発現の頻度が高くなるは、免疫組織化学的鑑別診断が必要となる低分化な腫瘍であるのは皮肉な現実である。3) これらは真の意味での『例外』ではなく、胎生の発育途上期を含めた正常細胞におけるマーカー発現を反映しているとみなすべきだろう。
(4)予想外の染色結果が得られたとき
病理診断に際して、HE染色での予測と異なった免疫染色の結果が得られたときは、免疫染色が最大限の診断的意義を発揮する瞬間である。しかし、免疫組織化学的解釈を与える前に、上述したような免疫染色やマーカーの特異性を吟味する過程が必要である。このステップを踏んで初めて、免疫染色の真の醍醐味を味わうことができる。
臨床診断と病理診断が大きく乖離したときも要注意である。この場合、他標本のコンタミネーションあるいは標本相互の取り違えの可能性を否定したい。提出容器やパラフィンブロックのチェックが第一段階であることはいうまでもない。必要に応じて、血液型物質に対する免疫染色を加えるとよい。ABO型やLewis型の糖鎖は血管内皮細胞や上皮細胞に発現されており、パラフィン切片上での血液型鑑定が可能である。25)
6)
「陽性」と「産生」の違い
光顕レベルでの陽性像は、必ずしも陽性細胞における当該抗原物質の「産生」を意味するとは限らない点にも注意を要す。分泌蛋白や膜蛋白の場合は、電顕レベルで核膜周囲腔や粗面小胞体内腔に陽性像を確認したとき、あるいはin
situ hybridization法によりmRNAの発現を証明したときに初めて形態学的に「産生」していると結論できる。すなわち、腸粘膜固有層の形質細胞におけるIgA陽性像は産生像の反映であるが、腸管粘膜上皮のIgA陽性像は上皮細胞によるIgAのuptakeの反映である。下垂体LH細胞のLHRH、精巣Leydig細胞のHCG、組織肥胖細胞膜上のIgEなども、受容体(receptor)を介して結合した内因性の物質を同定していると考えられる。肝細胞で産生されることが判明しているアルブミンの肝細胞における陽性所見に関しても、肝細胞による血漿アルブミンのuptake像を反映している可能性がある。さらに、血漿蛋白質については、固定の項で述べたようなdiffusion
artifactがありうることも忘れてはならない。すなわち、「陽性細胞」または「含有細胞」という述語を用いたほうが無難である。
7) 染色結果をどこまで信じるか:病理診断における免疫組織化学への期待度
ひと口にいって、病理診断において何より重要なのは、HE染色における診断能力を磨くことだといえる。免疫染色に過度の期待をおくことは避けるべきである。免疫組織化学はあくまでHE診断の補助ないし客観化であるはず(べき)だし、HE診断を磨くための有力な武器の一つであると考えるのが妥当である。1-4)
部分的にS-100蛋白陽性の平滑筋腫、NSE陽性の神経鞘腫、cytokeratin陰性の紡錘形細胞癌やLCA陰性の悪性リンパ腫などなど、「免疫染色などやらなければこんなに迷わなかったのに―」と感じる事例は決してまれではないはずである。26)
くりかえしになるが、病理診断に免疫組織化学的技法を導入するうえで大切なポイントは、どのマーカーを選択するかと、結果をいかに判定するかの2点である。いずれも、病理診断医の責任に帰属するべきことがらである。
逆説的にいえば、病理診断の現場では、病理診断医は免疫染色が病理診断にいかに役に立たないかをよく知るべきである。病理検査技師は、技術的問題をよく把握し、免疫染色を病理診断にいかに役立たせるかを、病理診断医とともに検討してゆくべきである。
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