「ミクロスコピア」24(3): 200-205, 2007より


「病腎移植」
禁止の動きに異議あり


堤 寛 Yutaka Tsutsumi, M.D.  
藤田保健衛生大学医学部第一病理学 
教授、病理専門医  
e-mai:tsutsumi@fujita-hu.ac.jp 


病腎移植に深く関わって―宇和島で
 2006年のクリスマスイブとクリスマスの2日間、私は宇和島徳洲会病院にいた。万波病腎移植に関する評価委員会の一人として指名されたためだった。

 他のメンバーが、日本移植学会、日本腎臓病学会、日本泌尿器科学会、日本病理学会の代表であり、移植ないし腎臓病の専門家なのに対して、私は学会代表でも、この領域の専門家でもない一病理診断医としての参加だった。

  つまり、ただ一人、自由な立場で第三者的に発言できる、いや、しなくてはならない人物と言えた。

 このときの宇和島行きで、陸続きの町なのに市名に「島」がつく理由がわかったような気がした。松山空港から車で2時間以上、山に囲まれた陸の孤島ともいえる町。町営の闘牛場は年5回のみの開催。これで採算がとれるとは思えない。

  四国巡礼88ヶ所の難所の1つが、県庁所在地 松山市南方の三坂峠(標高760 m)。この"遍路転がし"を越えられずに力尽きたハンセン病患者の墓標が今も道筋に残る。

  江戸期、宇和島藩は伊達藩の支藩で、やはり伊達藩とつながりの深かった対岸の大分、中津藩との交流が盛んだった。陸路を下るより、海路で九州からアプローチする方がよほど便利だった。

 宇和島徳洲会病院で過去5年間に行われた計11例の病腎移植のレシピエント全例とドナーの一部について、病理医の目でカルテを詳細にしらべた。必要に応じて、病院長や万波医師に質問をした。

  その後さらに2回ほど、大阪で会議が継続された。専門委員会の主な使命は、ドナーの腎摘出が適正だったかを医学的に検証する点であった。当然ながら、レシピエントは全例、血液透析患者だ。ドナーのもつ腎疾患は、小型の腎細胞癌尿管癌、良性腎腫瘍、良性尿管狭窄、腎動脈瘤、難治性ネフローゼ症候群と多様だった。 ネフローゼ症例の両側の腎臓が摘出され、移植腎として2名のレシピエントの体内で今でも機能していることには、とくに驚かされた。
 
 宇和島で初めてお会いした万波誠医師に対する私の印象は、「すごいやつがいる!」「患者のためだけを考えて医療するこの赤ひげ先生を医学生向けの授業に呼んでみたい」だった。

 第3回目の会議で配布された資料の中に、自身が9年前に尿管癌の病腎移植を受けた岡山の弁護士、林秀信氏の意見書があった。レシピエントの立場から、病腎移植を肯定的に捉える内容だった。全面的に同意する旨を直ちに林氏宛にメールした。そして、このメールが予想外な反響を呼び、3月30日づけの産経新聞社会面の大きな記事となった。

  これをきっかけにして、病腎移植についての私の見解が世間にひろがり、4月17日、18日には大阪と東京での国際腎不全シンポジウム(移植への理解を求める会主催)にシンポジストとして招かれた。このシンポジウムに、「ミ」誌の藤田恒夫編集長が出席しておられ、その場で この原稿執筆を依頼された。

写真1.
腎細胞癌(病腎移植例)の顕微鏡所見(ヘマトキシリン・エオジン染色)左2/3に明調な腫瘍細胞、右1/3に非腫瘍性腎皮質を認める。

委員会の結論に対する疑問 
 専門委員会では、ドナー腎の摘出の是非を中心に「医学的」評価がなされ、尿管癌を除くすべてのケースで腎全摘の適応なし(腎をまるごと摘出すべきでなかった)、という結論となった。

  つまり、腎移植に使うべきでなかったと勧告されたのだ。「4 cm以下の小さな腎細胞癌や良性腫瘍は腎部分切除が標準手術であるため、全摘すべきではない。」

  日常、病理診断にまわされてくる腎細胞癌の大部分は、小さい癌でも腎全摘であることを経験している病理医としては、とても納得のゆく理由でなかった。

  良性の尿管狭窄に対しては自家腎移植(いったん摘出した腎臓を自分の体に戻す手術)をすべきとの結論にも異議ありだった。そのような事例をみたことがないためだ。腎動脈瘤は破裂の危険性があるために摘出するのだから、そのリスクを他人に移植すべきでないという意見にも賛成しかねた。リスクはあっても、それ以上のベネフィットをみるべきだ。

  結果的に、私は一人、結論に異議を唱え、最終文書にサインしなかった。議論を通じて、「まず結論ありき」の感が否めなかった。私がまずとりかかったのは、「径4 cm以下の腎細胞癌に対して、全摘出でなく部分摘出が標準手術となっているだろうか?」という問題だった。

 知り合いの病理医の協力を得て、4大学病院を含む計14病院(いずれも地域の中核病院)における最近3年間の腎細胞癌手術の実態を調査した(表1)。腎癌摘出材料は例外なくすべて病理診断に供されるため、データは正確である。

表1.腎細胞癌に対する部分切除の割合(2004〜2006)
病院 病床数 腎細胞癌総数 腫瘍径4 cm以下 部分切除数 部分切除率
>400 20 10 1 10%
B# >1000 75 不明 2  
>800 30 17 1 6%
700 38 不明 8  
200 5 4 0 0%
F# 700 66 25 13 52%
>400 12 6 0 0%
H >500 91*1   47 6 13%
I >500 34 19 4 21%
J# >1000 120 不明 14  
K >500 95 不明 0  
>400 174*2 68 18 27%
M# >900 96 65 58 89%
N >700 11 6 4 67%
合計
129
#:大学病院、*1(1995〜2006)、*2(1991〜2006)

14病院における腎細胞癌手術総数
全腎細胞癌切除 867例
部分切除 129例(14.9%)

T1(腫瘍径4.0 cm以下) 286/593 = 48.2%
T1症例の部分切除率 118/267(44.2%):10病院分
   Range: 0%〜89%(中央値17%)

T1症例推計値(14病院分)=941 x 0.482=454例
推計部分切除率(14病院分)=136/454=30%(平均値)

 全867例のうち、部分切除は129例(14.9%)。腫瘍径が4 cm以下の症例は全体の48.2%であり、部分切除率は平均30%、中央値17%だった。部分切除例のない市中病院が3病院ある一方、腫瘍径4 cm以下の病変の多く(89%)が部分切除されている大学病院もあった。データにばらつきが大きいため、平均値より中央値に数学的信頼度が高い。

 大病院を対象にした今回の調査でさえ、この数値であるので、全国で行なわれる実際上の部分切除率は1割以下であることが十分予想される。部分切除が標準治療でないことは明瞭である。反対側の腎臓が健常な場合、腎全摘による不利益は事実上ない。多くの泌尿器科医が上の声明に困惑している。

  部分切除は技術的訓練を要し、出血のコントロールを要する上、手術時間も長いため、手術自体のリスクは全摘術に比べて高いからである。

 次の疑問は、「良性尿管狭窄例には自家腎移植が標準だろうか?」という点だった。この結論にも多くの泌尿器科医が異議を唱えている。私自身もそのような症例に遭遇したことがない。移植には熟練が必要で、尿管の膀胱への吻合などリスクが高い上、手術時間が長くなる。反対側の腎臓が健常なのだから、リスクを冒してそこまでする泌尿器科医はほとんどいないだろうし、患者の同意もとれないことが多い。

万波誠医師の医療について−私の見方
 カルテを通覧する中で、病理医として一番がっかりしたのは、病理診断軽視、いや無視と言うべき状況だった。癌のある腎臓を利用するのに、その悪性度や浸潤度について確認した形跡がない。尿管癌のある腎臓を移植したあと、尿の細胞診をほとんどしていない。ドナー腎の病変が結果的に良性の石灰化嚢胞だった症例では、病理診断がカルテに添付されておらず(病理検査室にコピーがあった!)、内容を全く参照していなかった。

 そのほか、カルテの記載不備が多い上、書面によるインフォームド・コンセントのないこと、院内の倫理委員会の議を経なかったこと、学会・論文発表に積極的でなかったことなど多くのルール違反があった点はも批判されるべきである。

 しかし、私が、万波誠医師から受けた印象は、偏見に満ちた新聞報道とはずいぶん異なるものだった。いつも患者に寄り添い、患者のためだけを考えて最後の最後に選んだ手段が、彼のアイデアである「病腎移植」だった。古きよきパターナリズム医療。私にまかせておきなさい、治してあげるから―。

 宇和島徳洲会病院で行われた病腎移植のドナー11人のうち9名が2度目ないし3度目の腎移植だった(一度は血液透析を離脱した経験者だった)点は特筆すべきである。

  彼らが行った全42例の病腎移植をみても、30例(71%)は2度目以降の移植例だった。当然、比較的に年齢が高い。

  多くのレシピエントが長期透析のため、職業につけず生活に困窮している人だった。いずれもが万波医師と10年以上にわたる深い医師患者関係が成立している。一緒に釣りに行く仲間が患者ということもあった。金銭的に困窮する患者のために、移植費用を万波医師が肩代わりすることもあった。こんな医療は、松山や東京では出来なかっただろう―。

 ぎりぎりのところで、たとえ病腎でもいいから移植を受けたいという患者側の強いニーズがあった。何とか血液透析を離脱して仕事に就きたい―。こうした患者に対する腎移植は、十分な説明による納得・同意がなければ、とうてい成立しえない。法的には、たとえ書面が残されていなくてもインフォームド・コンセント(IC)は有効だし、米国のジョンス・ホプキンス大学病院では今でもwritten ICをとっていない。

 委員会によって「腎摘出の適応なし」と断言された難治性ネフローゼ症候群の症例は(2人分の腎ドナーとなったのだが)、これにも、同様の医師患者関係があった。腎全摘以外の方法では、肺水腫をともなう高度の浮腫(体重が20キロ増加)を抑えられないと万波氏が判断した(宇和島徳洲会病院には腎臓内科専門医はいない)。驚いたことに、このネフローゼ症候群の患者は、両方の病腎を取られた後、自身が病腎移植のレシピエントとなった!

 病腎が初回移植だった2例については、どうしても漁にでたい漁師と血管シャントが次々と閉塞して血液透析の継続が困難となりつつある(残されたのは頚部のシャント1ヶ所のみの)患者という納得できる事情があった。

 何よりも、はっきり言っておきたいのは、万波グループの腎移植に関する手腕は、だれもが納得する最高級の技術レベルにあるということだ。手術時間は通常の場合よりはるかに短い。「移植用に腎臓を切除しようとすると、余分に時間がかかって、ドナーのリスクが増すのではないか」という私の疑問に対して、万波氏は「そんなことはありません。他の泌尿器科医がやる普通の(移植用でない)手術と変わらないでしょう」と明快に答えてくれた。大学病院だと7,8人のチームで行う移植手術を、万波廉介医師(弟)と補助の3人でやってのけるプロ中のプロなのである。

 会議の合間に誠・廉介の両医師と一緒に昼食をしたときの廉介医師の言。「わしゃ、3度目の腎移植はようやらん。癒着がひどくてとてもできん。でも、兄貴は4度目もやるんじゃから。」

 つまり、万波グループによる病腎移植は、宇和島という町における濃厚な医師患者関係を背景に、万波医師らのもつ並はずれた手腕・経験(600例を超える腎移植の実績あり)と患者の絶大なる信頼があって初めて成立し得た医療だったことを、私は確信している。その証拠は、患者を中心に万波応援団の署名が6万人を超えた事実にある。

 万波医師が必要最小限の検査で移植手術を行った理由は、患者負担を少しでも減らす努力と、経験に基づいた「これで大丈夫」という確信だった。たとえば、上行感染を繰り返す症例の尿培養をほとんどしなかった理由として、万波氏は「感染は尿路の中だけに限られているので、腎臓が機能し始めれば洗い流されてしまう。問題だと思いません」と答えている。

 私の驚きは、万波誠医師の欲のなさにある。新しい医療を切り開く!といった野心、地位や名誉や金銭を得ようとする邪念は全くない。たいへん残念なことに、自分が切り開いた新しい治療法を論文にして発表する「科学者の心」もなかった。自らの経験と技術を患者のために使うこと以外、何も考えないと思えるほど純粋だ。もし、彼が早い時期に論文を書いていたなら、事態は全く違う展開となっていたかも知れない―のだが。

 日本移植学会の会員でない万波医師が学会に義理立てする必要はない。生体肝移植を日本ではじめて行った島根医大の外科医 永末直文氏も学会員でなかった。いや、だからこそ、しがらみなく実施できた。最初の生体肝移植は失敗だったのに、万波医師の成功率は高い。なのに、どうして?

 ドナーの1例は両側性の血管筋脂肪腫という良性腫瘍だった。多発する4 cm大までの腫瘍を取り除き、残った小さめの腎臓を移植に使ったのだが、実はこの腎臓にはまだ1 cm大の腫瘍が複数残されていた。この良性腫瘍つき腎臓はレシピエントの体内でしっかり機能しているそうだ。私は、「残った腫瘍はどうなりましたか?」とおそるおそる尋ねた。万波氏いわく、「CT上、消えてます」と冷静そのもの。私は興奮して、少しどもりながら、「ぜひ症例報告すべきです」とアドバイスした。良性腫瘍が移植によって治る!この新発見にも淡々として、「腫瘍が消えたんだから患者にとっていいことです」と反応する―。並の人ではない。

 サイエンティストの端くれを自認する私の目からみると、良性腫瘍が消えることのほか、ネフローゼ腎を他者に移植すると正常に機能するようになること、尿管狭窄によって水腎症となった腎臓が移植に使えることなど、新発見の山なのに―。

日本における「病腎移植」の意義
 広島県腫瘍組織登録データによると、広島県内で毎年150例の腎細胞癌の手術が行われている。人口比から推測すると、全国で毎年6660例の腎細胞癌が手術されていることになる。腫瘍径が4 cm以下の腫瘍(48.2%)は3210例、そのうち83%が腎全摘されるとすれば、病腎移植に使用可能な症例は理論上、2664例にのぼる。

  半数が移植に使用されれば、1000個以上のドナー腎となる。また、広島県の尿管癌手術例は50例/年なので、全国推計では2220例が腎全摘される。このうちの1割が移植に使えるとすれば、200例あまりとなる。

  日本の腎移植総数は年間1000例足らず。その大部分が家族からの生体腎移植で、死体腎移植や脳死腎移植は合わせて150例程度に過ぎない(日本では、友人からの生体腎移植は許されていない)。世界の中でも死体腎移植が極端に少ないことは紛れもない現実なのである。一方で、フィリピンや中国へでかけて腎移植を受ける日本人が年間100人を超える実情がある。

 血液透析を受けている日本人慢性腎不全患者数は25万人を突破し、高齢者を中心に毎年1万人単位で増加している。死体腎移植希望登録者は11,500人あまり。死体腎までの待ち時間は平均16年!その間、登録者は毎年5000円の登録料を強いられる。慢性透析者の5年生存率は60%、10年生存率は40%である。(ちなみに、腎移植者の10年生存率は80%。)16年腎移植を待つうちに登録料を支払った多くの患者が死亡してしまう―。

病腎移植の生着率、生存率
 1991年の第一例以来、万波グループの病腎移植は、宇和島市立病院と呉共済病院をあわせて計42例に達している。多くが2度目の腎移植である(いったん家族からもらった腎臓が廃絶している)こと、レシピエントの年齢層が高いことを乗り越えての立派な成績である。16例の担癌腎(腎細胞癌が8例、尿管癌が8例)の移植でも癌の転移は起きていないし、多発性発生の多い尿管癌でさえ、局所再発したのは8例中1例のみなのだ(その1例は浸潤性の高い低分化型尿路上皮癌で、病理医からみると、再発すべくしての再発だった)。

  イタリア・シンシナチのグループから発表された論文(脳死移植でたまたま担癌だった症例の移植成績を集計した論文)でも、担癌患者からの腎移植例で、さまざまな臓器の癌の再発転移はないそうだ。

 ネフローゼ症候群4例、8個の腎臓も、高度のループス腎炎(全身性エリテマトーデスという自己免疫疾患の腎病変)の2個を除くと、他の個体の中で立派に機能している。ループス腎炎の腎臓を移植に使うのは無謀としか言いようがないが―。

 国際腎不全シンポジウムで講演した米国移植外科学会元会長のRichard J. Howard氏、および全米臓器配分ネットワークUNOS会長(バージニア大教授)のTimothy L. Pruett氏は、年間17,000例を超える世界一多くの腎移植が実施されている米国でさえ、ドナー腎の不足が深刻化しているため、ドナー腎の適応基準を緩和して、高齢者腎、高血圧腎、糖尿病腎、軽度の腎機能障害、肝炎ウイルスキャリアの腎なども移植に使おうとしている。エイズウイルス(HIV)陽性ドナーの腎臓も、レシピエントがHIV陽性なら使ってゆこうとさえ発言していた。

 血清クレアチニン値(腎機能の指標)の少し高い腎臓は、2個を同時に移植することを推奨している。18〜25歳でクレアチニン値が正常で高血圧などがない「正常」の腎臓は、米国の腎移植例全体の15%にすぎないそうだ。

 そもそも、日本移植学会は会員医師と患者のために最適な方向性を打ち出すべきではなかろうか。多少のリスクはあっても、それを患者自身が容認し、予想されるベネフィットがリスクを上回るのなら、移植の機会を増やす方向に努力するのが学会の本来の役目ではなかろうか。少なくとも上記Howard氏はそのように強烈に発言していた。

 こうした事実をトータルに考えると、ドナー腎が圧倒的に足りない日本において、「病腎」は移植を待ち望む多くの腎不全患者に大いなる福音となることは疑いない。病腎移植の優れた点を適正に評価するべきであろう。

 最後に、病腎移植が進むことによって医療費削減効果があることに触れておきたい。透析医療に比べて医療費が安いため、もし年間1,000例の病腎移植が行われ、移植腎が平均10年間機能するとすれば、透析関連医療費(現在、総額1兆2,500億円)の1.2%程度(年平均154億円)が削減されると計算される(堤試算)。

 レシピエントの心理的負担の軽減が期待される。家族からの健康な腎臓や死体からわざわざ取りだした献腎でなく、病気によって治療上の必要性から摘出する腎臓が再利用されるからである。
ドナーの満足感・充足感が期待される。骨髄移植ドナーと同様の心理状態であり、自分の臓器で他者を救えることに対する自然の感情である。

 医療者にとっても、どうせ捨てるはず(いや、ホルマリン固定後に病理診断に提出する段取り)の腎臓を使うため、たとえ失敗しても気が楽である。移植腎は腸骨窩(側腹部)に植えるため、超音波検査などで腫瘍の再発のチェックがしやすく、異常が発見されたときに処置しやすい点もメリットとなる。

  病気の腎臓をとらねばならない人がいる。その捨てる腎臓をもらう人がいる。その間に比較的気楽に移植手術ができる医師団がいる。このリサイクル運動は、だれも損をしない「三方一両得」ともいえる関係が成り立つ。結果として、関係者がみな、腎移植について気楽にしゃべるようになるだろう。井戸端会議の話題としては洒落ている。すると、現在全く不十分な状態にとどまっている日本人の「献腎意識」が高揚すると期待される。

オーストラリア・ブリスベンへの旅
 2007年7月10日〜12日まで、オーストラリア北東部の海岸線の州都、ブリスベンのPrincess Alexandra Hospital(Queensland州立)の泌尿器科医David Nicol教授を訪問した。米国フロリダ大移植外科の藤田士朗助教授、東京西徳洲会病院泌尿器科の古賀祥嗣部長ほか3名に同行させていただいた。  

写真2.
ブリスベンのPA病院で、ドナー腎摘出後のベンチ・サージェリー(机の上での処理)。
氷を入れた生理食塩水の中で、癌の部分を切除しているところ。
写真3.
机の上で切除された腫瘍。
容器に入れたところを上から撮影、境界鮮明な黄色の腎細胞癌で大きさは2.5p大だった。

 Nicol教授は、径3 cm以下の腎細胞癌の腎全摘症例を用いた生体腎移植(病腎移植)を過去6年間にわたって40例以上手がけてきた。現在のところ、再発・転移例は皆無である。7月11日はちょうど、65歳の腎細胞癌症例(腹腔鏡による腎全摘術)から、62歳の透析患者への病腎移植が行われていた。先週も行われ、来週にも予定されているというから、同病院では日常的な医療となっている。この移植法はシドニーなど他州の病院でも始まっているようだ。

 泌尿器科医局には専任の移植コーディネータが生体、死体それぞれに複数おり、レシピエントの優先順位の提示や本人・家族に対するインフォームド・コンセントに関与している。小型腎細胞癌をもつ患者にはまず、経過観察、部分切除、全摘を選択してもらう(部分切除では出血などの合併症があり得ることが強調されるためか、患者の選択の多くが全摘のようだった)。

 全摘となった場合、次に病腎ドナーとなる承諾を得る。レシピエントに対する説明は、慢性腎不全患者の5年生存率=60%、腎細胞癌の再発率=5%、転移率=2.5%を説明し、病腎で急いで移植するか、脳死腎移植を待つか(Queensland州では平均3〜4年)を決断してもらう。病腎移植の対象者は高齢者に限られており(65歳以上だったが、最近は60歳まで下げている)。

 州内での医療は州政府が決める上、腎移植はこの病院のみで行われているため、基本的な手順はお手盛り式で、万波方式に近いという印象をもった。ただし、移植コーディネータをおいていること、書面によるインフォームド・コンセントをとっていること、州政府の財政的支援と他の移植チーム・腎臓内科医との協力のもとで行われていること、データをしっかりと迅速に公表していることなどが決定的に異なっている。

 彼らは病腎ドナーとして小型の腎細胞癌以外は考えていなかった。尿管癌は再発リスクが高いし、良性尿管狭窄、腎動脈瘤やネフローゼ症候群は問題外としている点は、万波氏と大きく異なる点だ。

 オーストラリアでは、院内に医療行為に関する倫理委員会は存在しない。医療の内容に関する決定権と責任は基本的に教授にある。驚いたことは、術中に迅速診断で断端をみる作業を一切していない点だった。術中迅速診断は癌が完全にとり切れているかどうかを手術中に病理医が確認する重要なステップなのに!病理部長のGeoff Strutton氏とも面談したが、とくに病腎移植を意識しているようすはなかった。

 Nicol教授のチームは、リスク以上のベネフィットがあると自信をもってこの医療を推進している積極的な姿勢がとても印象的だった。病院としても州政府としても大きな反対はないし、そんなことはあり得ないという認識のようだった。万波氏もしばらく前まではNicol氏と同じような認識だったんだろうな、と感慨深かった。だからこそ、Nicol氏が行っているような手続きをしっかり行ってさえいれば―、という点が残念でならない。

 近い将来、オーストラリアのみならず、Haward、Pruett両氏を軸にして米国でこの医療(担癌腎を用いた生体腎移植)が推進されるようになった時点で、日本の方針も変わるのかしらん。ブリスベンから帰るその日に発表された「病腎移植原則禁止」の厚生労働省通達。何とも、やりきれない思いでいっぱいである。

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